オーストリア 1753年 ザルツブルク大司教 ジギスムント・フォン・シュラッテンバッハ 12ダカット金貨 裸
オーストリア 1753年 ザルツブルク大司教 ジギスムント・フォン・シュラッテンバッハ 12ダカット金貨 裸
*基本情報
【発行枚数】不明【サイズ】42.00mm/41.52g
表面:モゼッタと呼ばれる一部の聖職者のみが着用できるケープをまとったジギスムントの肖像
SIGISMUNDUS・D:G・A&PR・SAL・S・A・L・NATVGER・PRLMAS
(神の庇護によるジギスムント ザルツブルク大司教)
裏面:ザルツブルク大司教の紋章が描かれた盾と左右に女神
CUIQUE SUUM (各人に各人の物を=市民はそれぞれの能力に従い事を為し、社会と国家に貢献せよ ということわざ)
V・APRILL MDCCLIII(1753年4月5日)
ザルツブルク大司教
ジギスムント・フォン・シュラッテンバッハ
その寛大な姿勢により市民から絶大な支持を得ていたジギスムント・シュラテンバッハ。
当時は音楽家=召使いの類と見られる事が多かったが、当時宮廷に仕えていた、かのモーツァルト親子を尊敬し厚遇したという。
ザルツブルク大司教
約1000年もの間、ザルツブルクとその教区に属する広大な領土を支配したのは、
ザルツブルク大司教と呼ばれた権力者であった。(ローマ教皇の半分の権限を持っている、という意味の半教皇とも呼ばれていた)
カトリックの高位聖職者でありながら広大な領地を治める国王に匹敵する権力も持ち合わせていた彼らは、
当時高級品であった塩や鉱山の採掘と輸出によって、黙っていても莫大な富が懐に転がり込む仕組みを作り上げた。
大司教の仕事は、聖職者として荘厳なミサをあげたり、全領民の魂の救済などといった宗教的な役割はもちろん、
経済、土地の管理、軍備、建築、醸造、など多岐にわたった。
皇帝の選挙の際にも絶大な発言権を持っていたので、ローマ教皇や皇帝からも重んじられ、
領民が権限を持ちすぎたと思えばその活動を抑えつける事も可能であった。
ザルツブルク大司教の選出方法は枢機卿によるローマ教皇の選出方法に似ており、
司教や貴族出身の教会役員からなる『司教座聖堂参事会会員』による選挙で決められていた。
参事会員の中には遠方に住む者もあり、当時は旅行をするのも大変だったため大司教がまだ存命中に集まることも珍しくなかったという。
選挙の際は、市門全てが閉鎖され見張りが二人ずつ立てられる。
番兵に囲まれた参事会場では、参事会員たちが論争や駆け引き、妥協を繰り広げ、その間は商取引は禁止され、商店も閉店していた。
会議場の外では市民が見守っており、時折、投票用紙を燃やす為の真っ赤に焼けた石炭を入れた鉄の平鍋が運び込まれた。
新大司教が決定すると、参事会場の窓が開け放たれ、参事会員の一人が「我らが大司教に幸あれ!」と叫び、選挙に勝った聖職者は、ラッパや太鼓が鳴り響く中を、二列に並んだ参事会員に導かれて、大聖堂に向かう。
市門が開かれ、馬に乗った使者がこの重大ニュースを伝えるべく、遠くの各教区に走り去って行った。
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